TOPへ 東京地裁の非常識判決を弾劾する
守れ! わが国旗・国歌
事件の概要

 平成18年9月21日、東京地裁(難波孝一裁判長)は、国旗・日の丸の掲揚、国歌・君が代の斉唱を教師に義 務づける東京都教育委員会の通達と校長の職務命令をめぐる訴訟で、いずれも教育行政のあり方を規定した教育基本法10条に反し、思想・良心の自由を規定し た憲法19条の制約の範囲を超えているとの判決を下した。勝訴した原告側は「精神的自由にかかわる判決としては画期的で、教育のあり方が問われる裁判とし て最も優れたものの一つ」と高く評価したのに対し、破れた被告側の都教委は「想定外の判決だ」と衝撃を受け、控訴する準備を進めている。

 判決で難波裁判長は、日の丸・君が代について、「皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことがあることは否定しがたい歴史的事実」と 踏み込んだうえ、「国旗・国歌と規定された現在においても、なお国民の間で宗教的、政治的にみて価値中立的なものと認められるまでには至っていない状況に ある」と断じた。

 そして、(1)通達は、各学校の裁量を認める余地がない一義的な内容になっている、(2)都教委は、職務命令に違反した教職員に対し、違反回数に応じて 減給や停職などの懲戒処分を行っている――と指摘、これらは「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもので ある」と規定した教育基本法10条に違反し、教育の自主性を侵害すると判断した。さらに、「一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するに等 しい」として、憲法19条の思想・良心の自由に対し、公共の福祉の観点から許容された制約の範囲を超えているとの判断も示し、慰謝料として1人あたり3万 円の賠償を被告に命じた。

 国旗・国歌をめぐっては、昭和6年の学習指導要領では「国旗を掲揚し、国歌を斉唱させることが望ましい」と定められていたが、平成1年年の新学習指導要領 で「指導強化」が盛り込まれた。平成11年8月には、「国旗国歌法」が成立、小渕恵三首相は「新たに義務を課すものではない」との談話を発表した。また、平成16年10月、天皇陛下が園遊会で、都教育委員の棋士に対し「強制でないことが望ましい」と話された。

 石原慎太郎知事になってから、都教委は平成15年年10月に「校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われる」との通達を出し、それ以降、毎年、処分者を出してきた(ことし5月まで延べ345人)。いっぽう、君が代処分をめぐる訴訟では、昨年4月、福岡地裁が「減給処分は違法」との判決を出した。だが、ピアノ伴奏を拒否した東京・日野市の音楽教師の訴訟では、1、2審とも原告が敗訴している。

 識者の間では今回の判決に対する評価が分かれている。高橋哲哉東京大大学院教授(哲学)は「国旗・国歌の強制は教育に対する不当な支配にあたり、教育の 自由が不可欠とした判決は画期的だ。日の丸、君が代の歴史にも触れ、異論を持つ少数派の思想や自由が保障されるべきだと指摘しており、評価できる」とした (東京新聞9月22日付)。これに対し、秦郁彦日本大講師(現代史)は「国旗・国歌に対して敬意を払うのは海外では常識。子どもたちが外国で恥をかくこと のないよう、公教育として日の丸、君が代を教えるべきで、教職員は都教委の通達に従うのは当然だ」と判決に疑問を投げかけた(読売新聞9月22日付)。 いっぽう、石原知事は、26日の都議会で、「判決は不当で、控訴は当然。控訴によって日本人の総意が反映されると信じている」と答弁した。

   

  
「国歌斉唱義務不存在確認等請求事件」判決 平成18年9月21日 (※結論のみ抜粋)

第4結論

 国旗・国歌法の制定・施行されている現行法下において、生徒に、日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、将来、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長させるために、国旗、国歌に対する正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を育てることは重要なことである。 そして、学校における入学式、卒業式等の式典は、生徒に対し、学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味わさせ、新しい生活への動機付けを行い、集団への所属感を深めさせる意味で貴重な機会というべきである。このような入学式卒業式等の式典の意義役割を考えるとき、これら式典において、国旗を掲げ、国歌を斉唱することは有意義なものということができる。しかし、他力で、このような式典において、国旗、国歌に対し、宗教上の信仰に準ずる世界観、主義主張に基づいて、国旗に向かつて起立したくない教職員、国歌を斉唱したくない教職員、国歌のピアノ伴奏をしたくない教職員がいることもまた現実である。このような場合において、起立したくない教職員、斉唱したくない教職員、ピアノ伴奏したくない教職員に対し、懲戒処分をしてまで起立させ、斉唱等させることは、いわば、少数者の思想、良心の自由を侵害し、行き過ぎた措置であると思料する次第である。国旗、国歌は、国民に対し強制するのではなく、自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の制度趣旨であり、学習指導要領の国旗・国歌条項の理念、と考えられる。これら国旗・国歌法の制度趣旨等に照らすと、本件通達及びこれに基づく各校長の原告ら教職員に対する職務命令は違法であると判断した次第であ る。
 以上検討した結果によれば、原告らの請求は、主文第1ないし第5項の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、仮執行宣言の申立てについては不相当であるのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(東京地方裁判所民事第36部裁判長裁判官難波孝一、裁判官山口均、裁判官知野明) 以上


東京地裁の非常識判決を弾劾する都民集会            平成十八年十月二十四日
   
    
決      議
 国旗・国歌論議を二世代に亘って毎年繰り返している国は日本をおいて他にない。
そこで、平成十一年八月の国旗・国歌法の成立をもって国旗は日の丸、国歌は君が代であるととを国会に於いて確認した。従来より政府は、国会での議論を通して国旗「日の丸」、国歌「君が代」は慣習法に基づくものと法的根拠を示してきたが、革新政党や教職員組合は成文法による規定が無いこと奇貨として、特に学校教育の現場で陰湿な反対活動を続けてきた。
 平成十一年二月、広島県立高校校長が教職員組合によって自殺へ追い込まれた事件、平成十二年三月、東京都国立市立第二小学校の卒業式で、屋上に国旗を掲揚した校長に対して、児童が土下座を要求した事件等は、決して忘れることの無い、忌わしい事件である。
 更に、かつて東京都は、都立高校の卒業式、入学式での国旗・国歌の実施率は全国最低で、平成十年の卒業式は国歌斉唱三・九%、国旗掲揚八四%という惨状を呈しており、学校現場は完全に全教や日教組等の教職員組合活動家に支配されていたのである。
 こうした長年続いた悪弊と病理を除去するための第一歩として東京都教育委員会が実行したのが平成十五年十月の通達「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」であった。
 以来、東京都の公立小中高校の国旗・国歌問題は正常化に向かって大きな歩みを続けている。ところが平成十六年に反日教員達によって提訴された国旗・国歌裁判に対する九月二十一日の東京地裁判決(難波孝一裁判長)は、都民と都教委が推進する教育正常化の取組みに明かに逆行する珍無類の偏向判決であって断じて容認できない。都教委、が、当判決を受け、九月二十九日、即座に東京高裁に控訴手続を行ったことは、至極当然であり、圧倒的多数の都民がこれを支持している。
因って東京都教育委員会は、この非常識東京地裁判決をむしろ、国旗・国歌問題を含む教育正常化への好機ととらえ、平成十五年十月二十三日の「通達」の合法性と正当性を確定判決によって立証すべく、引き続き確乎とした姿勢を堅持して左記事項の実行に邁進されたい。

                     記

一、平成十九年の卒業式、入学式に向け、重ねて「実施指針」の徹底を図ること。
一、校長をはじめとする管理職の学校運営、殊に卒業式、入学式等の公式行事実施に係る支援態勢を強化すること。
一、東京都及び都教委を被告とする当裁判の東京高裁での控訴審の勝訴に向け、万全を期すこと。
一、懲戒処分を受けた教員による不服申立てを審理する人事委員会審査において、証人である校長を呆し上げるが如き運営には毅然と反論し、人事委員会を教職員組合の政治闘争の場とさせないこと。
一、都教委は今般の裁判をはじめ、其の取組みの姿勢や方針の広報に積極的に努めること。    以 上

平成十八年十月二十四日

                                     東京地裁の非常識判決を弾劾する都民集会
                                                         参加者一同

東京都教育委員会
教育長   中 村 正 彦 殿
    
各  報  道
 
  
私 は こ う 思 う                           東京都議 古 賀 俊 昭