| 第22号 平成 7年10月 TOPへ戻る |
我日本の宿命 ー支那問題ー (米ソ両国謀略に依る支那事変) 昭和十二年刊「支那問題解決の道」なる書物を繙いたのは、二十五年以上も前の事であった。北支事変が勃発し、戦線が拡大する中で、我国の支那通が何とか事変の拡大を防ぎ、和平を構築すべく各方面からの分析を行った好著であった。 だが、日本・中華民国両政府、両軍、両国民の願いも空しく、事変は華中・華南に拡大し、中国国民党は「親日」「反日」両政府に分裂して、所謂「宣戦布告なき戦い」が八年に亙って継続した。それは、日中両国並びに東亜諸民族にとって不幸な出来事であった。 そして、その不幸を齎せた勢力は、終戦後GHQ反日体制下に「諸悪の元凶」と決めつけられた「日本軍国主義」なるものではない。それは、欧州や我国に遅れて、満州・支那市場の利権獲得、参入を狙った米国であり、又、中国国民党に追い詰められて危急存亡を賭けた中国共産党とその背後に控えるソ連であった。滅亡寸前の中国共産党は、国民党の剿共作戦の矛先をかわす為、国民党と日本の全面対決・衝突を謀略実行した。蘆溝橋では、反日学生を使って日中両軍に銃弾を浴びせて交戦止無きに至らしめ、それが不十分と見るや中国保安隊を買収して、「通州事件」を起こし、数百名の婦女子を主体とした日本人を大虐殺・大惨殺して日本軍の大陸派兵を余儀なくせしめた。このボルシェヴィキ勢力によるアジア同朋相撃の謀略は、その後米英帝国主義の使嗾によって倍加せられ、本来親日的であった蒋介石国民党政府をして、反日の一拠点と成らしめたのであった。 (正に「正しい歴史認識」を) 昭和五十七年の所謂「教科書問題」以来、中共・韓国両国は、日本国内の反日勢力を悪用しつつ、「正しい歴史認識」なるものを我国に強要して来ている。これに対して偽日本政府やマスコミは、唯々諾々として盲従するのみであり、中共・韓国の政治的公式見解に少しでも緯背する意見を表明した閣僚の多くは、罷免される有様であった。偽日本政府の首相や閣僚は、日本及び日本国民に対してではなく、中共・韓国両反日政府に対してのみ「連帯して責任を負ふ」のが現実である。 この様に、政治的外圧に起因する「正しい歴史認識」なるものが、如何に歴史科学的歴史認識と異質なものであるか、誰の目にも明白であろう。則ち、中共・韓国の謂う「正しい歴史」とは、各々の政治的必要性に応じて「こうでなければ困る、こうでなければならない。」という前提の下に設定された「政治的事実」に過ぎず、「歴史的事実」ではない。 「南京大虐殺」然り、「従軍慰安婦」然り、「日韓併合条約無効論」又然り。存りもしなかった、或いは、存っても事実を百八十度歪曲した中共・韓国の主張は、妄言・暴論・曲言・誤謬・邪説・捏造等々の一方的羅列に過ぎず、『歴史的事実』とは程遠い。今こそ、「ウソで固めた」彼等反日国家・反日勢力の創り話、即ち「戦後神話」の虚構性を青天の下に暴露し、その非真実性、反事実性を糾弾しなければならない。 正に独立国家日本としての『正しい歴史認識』を今こそ確立しなければならない。それは、決して困難な大事業ではなく、我日本民族の過去を同時代史的に、素直に認識すれば良いのである。 (「支那問題」を民族的視点から解決せよ) 斯かる視点よりすれば、我国の安全に重大な関連を有する現下東亜諸国を俯瞰するとき、この地域に於ける極端な軍備拡張と、「北朝鮮崩壊」に伴う国際情勢の激変に論及しない訳には行かない。但し、ここでは紙面の関係上「北朝鮮」は省く。 我国内では、無責任な反日政党たる社会、共産等によって「冷戦終結に伴う自衛隊縮小論」が、何の疑念もなく受容されている。だが、米ソ冷戦は、米国の勝利とソ連の崩壊で終結したものの、アジアでは、軍事緊張がむしろ増大し、急速な軍備増強・軍拡競争が続いている。その主たる原因をなす国は「中共」であり、「新南群島(南沙諸島)」海面下のサンゴ礁に軍事基地を構築し、台湾北方ではミサイル発射等の軍事訓練を実施し、チベット等の独立運動には、軍事弾圧を強化、我国の尖閣諸島海域では、海賊行為を繰り返している。この様な中共の好戦的態度は、何も今に始まった事ではない。中国歴代王朝の周辺諸国臣従政策を歴史的背景として、中国共産党結成以来の、極めて闘争的、好戦的な体質は、昭和二十四年の政権奪取以後も継続し、数百万の地主・富農虐殺、「大躍進」での大量餓死、「文化大革命」では数知れぬ大量処刑、平成に入っても「天安門事件」等々、およそ平和とは縁遠い歴史をたどって来た。この中共の暴政・暴状は、隣国にも影響を与え、我国でも所謂「連合赤軍事件」を生起させた。 斯かる歴史的事実から所謂「中華人民共和国」の本質は、闘争を至上命題とする暴力主義国家であり、結党以来、主たる敵は、常に「日本」であった。ボルシェヴィズムの手先を務めた中国共産党は、一貫して「反日・排日」政策を内外に強要し続けている。 この様な筋金入りの反日中共政府に対して、歴代の偽日本政府は、ひたすら土下座・謝罪外交で国家の尊厳と民族の独立、そして国民の利益を喪失し、世界史に稀に見る醜態を演じて来た。だが既に到来している『世界戦国時代』にあって、最早従来の土下座外交は、通用しない、否、通用させてはならない。 ならば、対支那外交は、如何に有るべきか。それは、民族の叡知の中に見いだせるはずである。何故ならば、吾等の目指す『維新』の精神は、『復古』であり、直面する民族の危機への対応は、国史の中に示されているのである。皇統連綿として二千六百有余年、我道統の尊さを再認識すべきである。則ち、「支那問題」解決の方途は、今を去る一千四百年前、聖徳太子によって明確に示されている。 太子は、当時東アジア最大最強の「隋王朝」に対して、敢然として『対等外交』をもって臨まれた。朝鮮半島の事大主義的な国々には思いもよらぬ清澄にして確固たる外交姿勢を 太子は採用された。現下偽日本に必要不可欠なものが、この民族精神であることを再度自覚しあおうではないか。 |