| 第37号 平成 9年 1月 TOPへ戻る |
日本民族は恢復する 日本民族は恢復する ー皇紀二十七世紀後半、栄光の予兆ー (所謂「二十世紀」は、誰のものか) 昨今、世間では、「二十世紀末」とか「二十一世紀に向けて」等々の俗論が、囂しく喧伝されている。 無論、吾等民族派にとって、其の様な愚説、俗論は、単なる雑音、騒音の類でしかない。吾等にとって、現在は、昭和十六年、皇紀二千六百一年から始まる『二十七世紀』の後半であって、決して「二十世紀」等ではない。 所謂「西暦」なるものは、「キリスト」の誕生年を歴史の始まりとする「キリスト生誕紀元」に過ぎず、非キリスト教徒にとっては、何の価値もないものである。然も、そのキリストの実在そのものが、歴史学的には、疑問視されているのである。イスラム教徒は、現在「ヘジラ(イスラム聖遷)紀元十五世紀」に生き、東南アジアの仏教徒は「仏滅紀元二十六世紀」に、ユダヤ教徒は「創生紀元五十八世紀」の生活を営んでいる。 元来各民族毎に固有の歴史紀元が存在していたはずであるが、欧米帝国主義ーソ連ボルシェヴィズムを含むーの世界制覇に伴い、キリスト生誕紀元が植民地等に強要され、現在過半数の国家で使用されるに至っている。日本も『終戦』後、占領軍とソ連・中共の手先共による「精神文化的民族絶滅政策・策謀」で、「西暦」が蔓延している。だが、「西暦」を是認するか否かは、欧米帝国主義、植民地主義を肯定するか否かの政治的問題に直結する。更には、「西暦」に象徴される産業革命以来の「欧米物質文明」と、『元号』等の非西欧的『精神文化』の何れを採るかという歴史観の問題にも繋がる。 (日本民族は主張する) 現実の世界は欧米物質文明が支配的である事実を、吾等は冷静に認識している。この「日本」も例外ではない。 然し、吾等は、其れを承認はしない。四百年前には海賊を生業としていた英国や、二百余年前に建国して、原住民を狩り殺しつつワスプ主体に国力を強化した米国の文化が、全人類の規範や理想と成るはずがない。 儲ける為ならば、海賊でも侵略でも麻薬貿易さえも否定しない英米の「資本主義」は、「利潤追求」という従来の人類の歴史では否定していた概念を肯定し、「パンドラの箱」を開放してしまった。そして、経済の「自由競争」を奨励した結果、産業革命以後、飽くなき「拡大再生産」の病弊を全世界に齎せ、今や全人類は滅亡への道程を確実に歩んでいる。 精神異常者は自己の異常性を認識できない。麻薬患者は、心身に良くないと分かっていても麻薬を止められない。同様に「資本主義」と「欧米物質文明」は、それ自体に内在する量的拡大志向性によって、自らの欠陥を自己抑制する事は出来ない。だが、アジアには、日本には、一万年の人間文化が存在し、人類を滅ぼす事なく、豊かな精神文化を永続させて来たのである。高々、二百年間で人類を破滅の淵に追いやっている「欧米物質文明」と『東亜精神文化』の何れが人間世界に必要なのか、少し冷静に考察すれば自明の理である。 吾等日本民族は、非人間的欧米物質文明が招来した人類の危機を誰よりも敏感に感知する。四季折々の美麗且つ純朴な自然山河の中で育まれた悠久の美意識が、不自然極まりない欧米物質文明の非人間性、不自然性を拒絶、排斥するのは、理の当然と言わねばならない。自然から誕生した人類が、自然を否定、破壊する論理と現実を拒否し、人類本来の生活に戻ろうとするのは、正当な防衛本能の表れである。 現代欧米物質文明が破局の淵に立ちつつも、更に破滅の道程を辿る中で、吾等日本民族に課せられた課題と使命は大きい。皇紀二十七世紀初年を、欧米帝国主義に対するアジア諸民族の代表として我国が提起した『大東亜戦争』の意義は、今猶、再評価されこそすれ、その現代的意味は薄れはしない。大東亜戦争の目指した理念の究極にあるものは、人類を滅ぼす欧米論理の否定であり、アジアの人間肯定論理への断固たる確信と支持である。 (民族恢復の確固たる息吹) の社会的風潮が世を覆い、マスコミを通して伝え来る世相の何処にも、『日本及び日本的なるもの』が、逼塞若しくは絶滅したかの感が否めない。 だが、二千六百有余年の道統を受け継ぐ日本民族が、そう易々と滅亡するはずがない。又、させてはならない。吾一人民族の正気を矜持していれば、日本は死せず。まして、全国津々浦々に割拠する真正日本人同志同憂の如何に多い事か。御皇恩を謝するのみ。 前年、某進学塾主催の討論会に出席した。その後同塾のアンケートによると、数名の発言者の中で、愚生の発言が最も好感を持たれた事を知った。愚生の主張は、我祖国日本を全面的に肯定するものであった。処が、日本否定の教育を強要されて来た青少年の多くが、愚生の発言と主張に支持と共感を寄せたのである。又、前年来、急速に盛り上がった藤岡信勝東大教授等の教科書改悪阻止行動は、従来の民族派が取り組んで来た行動の数十倍、数百倍の効果を齎せた。学生時代「民青同盟」に加入していた同教授ではあるが、吾等と同じく『日本人』なのである。『日本及び日本人』が正当な理由もなく、否定、攻撃、糾弾、排撃されれば、自己主張を表現するのは、世界全民族共通の常識である。 その他、前年は、「反日反動」勢力の暗躍が目立ったものの、従来にない『日本』側の反撃も顕在化した一年であった。 殊に、『維新政党・新風』の全国拡大は、次なる民族派飛躍の礎ともなるものである。それ以外にも、全国に無数の民族的新風が吹き始めて居る。当『一日会』の活動もその一つである。 今や日本社会の潮流は、確実に変化しつつある。「朝日・岩波・NHK」による「反日」「社会主義」礼讚の内、「社会主義」は音もなく消え去って行った。現在醜悪な残滓を残すは、「反日」のみ。これとても、真の意味での『国際化』の中で、その歪な醜態が暴かれつつある。自国、自民族を否定した「国際」等、有得ない。GHQ体制下の偽日本も五十年の歳月を経て、「ふつうの国」になりつつある。藤岡教授の動向もその一つである。それは、『皇国』の顕現ではないが、GHQ体制の否定という民族回生の一里塚には違いない。 近未来的に予測される東亜大激動によって、『皇国恢復』実現は、予想以上に早い日程を辿る事になるかも知れない。 |