| 第40号 平成 9年 4月 TOPへ戻る |
民族派昂揚の予兆 ー「『赤報隊』十周年」報道の意義ー (忘れかけていた義挙が蘇生した) ここ数ケ月の間に、愚生は「朝日」「毎日」「読売」三大新聞から取材を受けた。内容は所謂「『赤報隊』事件」に関してである。 何でもこの五月三日で「十周年」を迎えるのだそうである。各社共、「特集を組んで報道するので何か教えて下さい」と言う。そう頼んで来る若い記者達の対応に接して、自己の年齢を感じさせられてしまった。少なくとも「非合法事件」に関して、苟も「活動家」とか「運動家」とか呼ばれる立場の者が、請われるままにペラペラと話す等、昭和四十年代の学生運動等に拘わった者ならば、所謂左右両翼を問わず、考えられない事である。近年、犯罪者等さえもマスコミの取材を受ければ饒舌に応対する風潮が随所に見られ、マスコミ関係者は「聴けば答えてくれる」という甘え、乃至は権力者意識に取材の厳しさを忘れているかの様であった。 愚生の返事は簡単且つ明瞭であった。『知らなければ、言えない。知っていれば、言わない。何れにしても、あなた方は私から聴きたい事を聴けない。』この返答に各社の記者達は、二の句を告げない様子であった。それだけで追い返すのが中核派等所謂「極左過激派」の「完黙」戦術であったが、愚生等の民族派は、同じ日本民族に対して其処まで冷淡になれない。遠い所を折角時間をかけて来たのであるから、世間話の一つでもしてやろう、出来得れば民族的意識の啓発、啓蒙に資する話の一つでも話して見ようかと、雑談に入った。 彼等若い記者達との会話の中で、愚生の脳裏に徐々にではあるが、彼等の取材している所謂「『赤報隊』事件」なるものの記憶が蘇って来た。 (『赤報隊』とは) 記者連中の話では「十周年」との事であったが、実際には、百三十年前、幕末維新に掛けて『赤報隊』と名乗る勤王の一隊があった。 『相楽総三関係資料集』(昭和五十年発行、平成五年復刻判)によれば『相楽總三』は『官軍嚮導赤報隊を組織し、道を東山道に取り行々沿道諸侯を諭し勤王の実効を表せしむ。慶應四年戊辰二月 下諏訪にありしが、 三月一日 縛せられたり。 三日に至りて總三等は一言の取調もなく遂に斷頭梟首せらる。時に年三十歳。』とある。 則ち『御一新』の動乱期に、文武に秀た相楽総三以下『赤報隊』は、「偽官軍」の汚名を受けて処刑、抹殺されたのである。 その怨念が現代に現れたのか、昭和六十二年以降、反日偏向マスコミを「嚮導」する「朝日新聞社」に対して、『赤報隊』と名乗る者から各種の攻撃が為された。この『赤報隊』は、無論直接的には幕末のそれとは別組織であろう。 だが、その隊名は頗る示唆に富み、数々の想像を掻立てる源になっている。それは、従来、民族派では余り顧みられない人々、話題にされない歴史的事件であった。それだけに、この『赤報隊』を巡って「統一教会」説、、「ヤクザ」説、果ては個人の「怨恨」説、等々、民族派とは関係のない角度からの指摘がなされた。成程、その一つ一つにそれなりの理由があろう。だが、前後に出された『声明文』から、警備・公安当局は、所謂「右翼」『民族派』に的を絞って捜査を行っていると言う。刑事部門では、それに反発する声もある様だが、ここでは飽く迄も、この事件に所謂『民族派』が拘わっているという前提の下に論を進めたい。仮にその前提が異なっていれば、以下の論述は、総て無効となる。 (朝日新聞社の犯罪) 所謂「戦後日本」の原点は、「GHQ」(連合国軍総司令部)が戦時中から企画していた「日本民族精神文化的絶滅政策」にある。 当時の情況として、一億日本国民を肉体的に皆殺しにする事は、事実上不可能であった。さりとて『開戦』から『終戦』に至るまでに「連合国」が我国に対して行った数々の国際法違反ー例えば「広島大虐殺・長崎大虐殺・東京大虐殺」等ーへの日本民族の怒りは、連合国ー事実上米国ーにとって恐るべきものであった。そこで連合国は、日本国民を国際法違反の占領期間中に何とか「洗脳」し、日本民族の報復を回避しようと図った。その具体的方策は、「マス・メディア」と「学校教育」を通じた徹底した「反日・自虐教育・宣伝」であった。 日放協(NHK)の「眞相はかうだ」はその典型であった。連日流される反日宣伝は、電波に弱い国民に少なからず影響を与えた。又、朝日新聞以下のGHQ御用報道は、当時の青少年に多大の影響を与えた。その反日教育を「三ツ子の魂百までも」と遵守している世代が、「細川・羽田・橋本」等の反日政治屋共である。 昭和二十七年までの占領期間中は、所謂「言論の自由」「表現の自由」が存在していなかったー表面的建前上はあったがーので、致し方ない面もあったが、所謂『独立』後、喫緊の課題は、朝日を始めとする言論・報道機関の占領期間中に於ける反日欺瞞報道への「総懴悔」であった。処が、その民族的・国民的義務を自社の面子や保身の為に放棄したのみならず、逆に「反日偏向報道」を「進歩的」「歴史的必然」「社会正義」等々の名目を付して国民の世論操作を続け、日本国民に反日洗脳を施し続けた。 故『大宅壮一氏』がいみじくも看破した「朝日・岩波・NHK」の民族的犯罪は、極悪非道の極致であり、如何に国民に謝罪してもしきれぬ程であるが、独立回復後四十五年経った今日、謝罪処か益々反日自虐の度合を強めているのが実情である。 (一億二千五百万人の『赤報隊』) 斯かる民族存亡の秋、座して「死」を待つ一般大衆の中から、飽く迄も民族生存・存続への生物的行動が生起するのは、当然である。 『赤報隊』が民族派であると仮定しての論理ではあるが、「民族抹殺」を金科玉条とする反日マスコミに対して、民族生存への意志表明が、故『野村秋介氏』の言われた『肉体言語』の形態を伴って表現せられたものが『赤報隊』なのではないだろうか。その意味で一億二千五百万日本国民の総てに『赤報隊』精神は宿っているのであり、彼等を過大評価、過小評価する事はない。それは、民族の『自然現象』とも見做すべき生存に向けた正当防衛活動の一環である。 愚生は、取材に来た朝日新聞記者に対して、『このままではー反日偏向報道が改善されない状態が続けばー必ず第二、第三の赤報隊が決起するであろう。』と予言して置いた。一億国民、十億日本民族 の名誉と尊厳を貶め、国益を売り、国内に不毛の階級闘争を拡大し、『日本及び日本的なるもの』を否定・攻撃する反日マスコミに追詰められた日本民族が、何時、如何なる形態を以て反撃するか、予想の限りではない。 朝日に銃弾を撃込むのが攻撃的『赤報隊』ならば、阪神大震災で救援に走回り、北陸海岸で重油と格闘するのも又建設的『赤報隊』なのである。 (「言論弾圧」のウソ、朝日は加害者である) 朝日はこの事件が発生して以来、「言論の自由」に対する「弾圧」であり、挑戦であるとして、感情的に被害者意識を煽立てた。 だが、抑「弾圧」とは、権力者が弱者に対する行為であり、大「朝日」が小『赤報隊』を「弾圧」したとすれば、論理は通用するが、その逆は成立たない。則ち「第一権力」たるマスコミを主導する「朝日」に『抗議』する勢力は存得ても、「弾圧」する権力等、存在しないのである。にも拘らず、同事件の「被害者」を強調する朝日は、この問題の本質を意図的に糊塗し、単なる社員一個人への政治的殺人事件にスリ替え、「被害者」の立場を強弁する。 だが、何故朝日は撃たれたのか、その原因究明は意図的に不問にされている。所謂「戦後」五十余年、GHQや社会主義反日勢力の走狗となり、『日本及び日本的なるもの』を否定、攻撃、糾弾、弾劾し続けた「朝日の犯罪」に関しては、全く「謝罪と反省」が欠如している。諸外国に対しては、執拗に不要有害な「謝罪と反省」を国民に強要する朝日が、自の民族的犯罪については、一向に反省しようとはしない。「国民の敵」「民族の裏切者」たる朝日は、「被害者」処か明白な「加害者」である。 (『赤報隊』不要の社会を確立せよ) 所謂「戦後五十年」、「反日・自虐・売国・逆差別」の許されざる倒錯論理が、この日本社会に蔓延し、異常が常態化してしまった。 世界中、唯一国だけ、自国家・自民族を徹頭徹尾非難否定する事を社会正義と誤認する異様な社会構造が確立し、日夜、「反日・自虐」の大合唱が唱えられ、恰も癌細胞の如く自己増殖し続けている。 この様な異常な社会で、民族生存への自然的欲求、願望から、反日第一権力たるマスコミ、就中「朝日新聞社」への、正に『覚醒の剣』が振下ろされても、誰がそれを否定、非難できようか。糾弾されるべきは「反日朝日」であり、否定されるべきは、「反日・自虐」の論理である。 だが、吾等民族派は、否定の為の否定と言うが如き立場を執らない。飽くまでも前向きに、より良き日本社会の到来を確信し、日本人の日本人による日本人の為の社会を恢復する為に、『肯定の論理』を追及する。この祖国日本で、少なくとも、自国・自民族を否定する勢力が社会の少数派となった時、『赤報隊』はその必要性を減じ、活動を停止するかも知れない。だが、日本社会の現状が持続する限り、『赤報隊』は必ず何処かで民族の正義を顕現し続けるであろう。一億二千五百万の日本民族が存在する以上は。 |