第120号  皇紀二千六百六十三年(平成15)  師走(十二月) TOPへ戻る

「何でも有り」の皇紀二千六百六十三年師走


(君側の姦臣、米国の寵姓、日本民族の裏切者「コイズミ」に天誅を加えよ)

十一月三十日、イラクで「日本」害務省職員二名が、イラク武装組織の攻撃に遭い死亡した。全世界からの反米勢力一掃と枯渇する石油資源獲保を目的の国際法に違反した鬼畜米英に依るイラク侵略の太鼓持を勤めるエセ「日本」政府の出先棒担ぎの害務省職員が、侵略国米国の共犯者として反米勢力の攻撃対象に為るのは理の当然であって驚くに値しないが、「被害者が強者」のエセ倒錯「日本」では、二名の職員が殺された事を「被害」と単純に即断し、「政府」「外務省」の演出も有って、政治的に国際協調と殉国の英雄に祭上げられてしまった。そして、其れを更に美化する為に彼等の家族や過去が過大に報道され、「個人的にも最良で将来が嘱望された優秀な人材が卑劣なテロリストに依って殺害された」と言う報道類型がマス・メディアに固定されてしまった。
だが、個人が善意の優秀な人物であったと言う事実と、彼が何を為したかとは全く別の次元の問題である。イラクやパレスティナで自爆攻撃を実践するムジャヒディン達は、イスラムの大義の為に私利私欲を捨てた純粋で善良な人々に違いない。私利私欲に走り、自己中心主義の人物は、決して自爆等しない。
『神風』特攻を始め、水上で、或は海中から、又、タコツボに潜んで米軍戦車に自爆した皇軍将兵も皆、『大義』を信じる純粋で善良な『日本民族』の一員であった。
『大東亜戦争』の『大義』を忘れたエセ日本人に『大西亜戦争』を戦って居る「アフガニスタン」「イラク」「パレスティナ」「アル・カイダ」その他「イスラム反米勢力」の思想や精神は理解出来ない。
 「中共」は独立を要求するウィグル、チベット、その他の諸民族を「テロリスト」と呼んで弾圧し、「ロシア」もチェチェン人等の分離独立派を「テロリスト」と見做し弾圧、虐殺している。米国占領下で独立解放を目指して民族遊撃戦を展開しているイラク国内反米勢力を正当な『民族独立運動』と見るか、「テロリスト」と見做すかは、依って立つ論理の違いを意味する。侵略者の米国は当然ながら後者の立場を取るが、ならば「中東専門家」と讃称された二名の日本人外交官はどうであったか。
死亡後、奥参事官の「イラク便り」なる通信が紹介された。その中で、彼は「これはテロとの戦いです」と書いていると言う。「九・一一同時多発対米攻撃」以後の米国の論理と行動を一貫して全面的に支持する彼の意識は、米国国務省の出先雇用吏員の其れ以外のなにものでもない。
彼の意識、認識には、『日本』も「イラク」「国際法」も無い。基本として有るのは、売国奴コイズミと同様に、「米国様」の論理を信奉し、行動を支持し、米国の国益を守る事への挺身であった。然も、彼等外地勤務者は
内地勤務者に較べて二倍以上の給与を日本国民の税金から受けて居るのである。
然し、何よりも許されざる大罪を犯したのは、米国大統領の寵姓「コイズミ」である。兎角国民に評判の悪い「自衛隊のイラク派兵」を強引に押し通す為に此の「外務省」職員の死亡事件を最大限に利用した。死亡した時点から大々的に報道し、遺体の帰国や葬儀は、まるで国葬並の演出、報道であった。
電映画面を意識した祭壇には、コイズミの弔辞の際に、丁度電映に映し出される様に恐れ多くも「天皇陛下」と書かれた弔花が置かれていた。何と言う不敬、何と言う傲岸さ、何と言う売国奴。自己の売国的政略の為に陛下の御尊称を悪用する等、逆賊、逆臣、君側の奸、其の罪状万死に値す。仮に「宮内庁」ー君側の奸の集合体ーから、献花の申し出があってもご遠慮申し上げるのが当然であろう。此迄、多くの公務員が殉職したが、陛下の献花を拝受した者が何人いるか。何よりも『靖国神社』にまします英霊の方々さえも『御親拝』を戴いていないではないか。殉國、愛國、愛民の『日本人』に対しては、占領基本法(所謂「日本国憲法」)の条規をタテに、陛下の大御心を下し賜う事を妨害し、米国侵略の走狗には「占領基本法」三条の「内閣の助言と承認」ー『大日本帝国憲法』第四・五十五条違反ーなる不埒なる文言を悪用し、恐れ多くも陛下の御尊称を濫用したのである。 
売国奴コイズミに天誅を加うべし。


(『天誅業』の是非や如何)

十二月十九日『建国義勇軍』関係者六名逮捕の報が各社から公表された。既に当『神風』前々号で同事件について言及し、(総ての『日本人』が『義勇軍』だ)と題して、次の様に予測していた。一部分を引用する。
《『義勇公ニ奉ジ』る道統は、「日本」社会の至る処で復活しつつある。今回の「ギユウグン」が、吾等とは全く隔絶した「日本」社会の何処かで自然発生したとしても不思議ではない。今は、たった一つの、そして正体不明の「ギユウグン」でしかないが、やがて無数の『愛国義勇軍』が『皇土』の全域に澎湃として湧起こるであろう。》
二十二日「読売新聞」に拠れば「これまでに六件の事件で計十一人が逮捕されたが、右翼団体や暴力団に所属している者は一人もおらず、捜査本部は、〃素人集団〃がテロに及んだ経緯の解明を進める。」と報じている。
「〃素人集団〃テロ」との見出しは、今回の義挙を「マンガ」的に軽視する意図が如実に表現されてはいるが、視点を換えれば、『国家・民族』を思う『愛国・勤皇の志士』が、『神風』第百十八号で指摘した様に、我国全土に潜在し、沈思黙考しつつ、実践行動の秋に備えている事実を物語っている。
『神州不滅』とは、『日本民族の生存原則』である。「GHQ反日体制」に圧殺され続け、今や巷間に其の影を見受けられ無くなったかに看取される『日本』は、此の豊饒の『皇土』に厳然と生き続けているのである。
但、「素人」の文言には興味深いものがある。「素人」があれば「玄人」が対比語として考えられる。ならば、「テロ」の「玄人」とは誰なのか。「読売新聞」の文言に拠れば、「右翼団体・暴力団」が其れに当たると読解される。だが、「暴力団」は、金銭に絡む問題はともかく、純粋に思想的事柄で動く事は稀であり、「右翼団体」が「テロ」の「玄人」と解釈される。
筆者も『一日会』も、「右翼」「左翼」と自称した事は一度も無く、元来、概念規定の意味不明、判別朦朧な「右翼・左翼」なる「決めつけ用語」そのものを否定して来た。吾等は『真正日本人』であり、『日本民族主義者』である。其れ以外の何者でもない。
然し、エセ「日本」ー「GHQ反日体制」ーの「治安維持」を担当する「警備・公安」当局は、此の六十年近くもの間、『民族派』を「警備対象」として監視、弾圧して来たのである。其れは、所謂「戦後」に始まったものではない。所謂「戦前」に於ても、又、大正、明治の御代に在っても、否、幕末の世でも、「欧米物質文明」「欧米的価値観」の侵略から『日本及び日本的なるもの』を守護せんとする吾等『民族派』は、常に官憲の抑圧、弾圧を受けて来た。其の欧米的、官僚的弾圧をものともせずに、『野村秋介烈士』表現する処の『肉体言語』を用いて與論を喚起して来たのが、心ある『民族派』の伝統であった。
ならば、吾等が「テロ」の「玄人」なのか。
『天誅』を生業とする集団なのか。
無論、否である。『天誅』そのものを否定する訳では無いが、『大義』の為の『天誅』は、私利私欲の無い無私無欲の『やむにやまれぬ大和魂』から自然発生的に発露された『民族生存権』の行使であって、「生活の糧」や金銭的「対価」を求める「生業」とは、全く異次元の崇高なる行為であり、概念なのである。端的に言えば、行為の対価として、生活費等を得る為の「天誅業」は、論理的に有り得ない。
 だが、経済的に余裕が有って、対価を求めず『天誅』行為を行う人々が、日々の職務として『天誅業』を始めたら、其れは『利他主義』『愛國・愛民』の肯定的要素を持ち、一種の『業』となり得る。滅亡に瀕する一億二千七百万『日本民族』の現状に危機感を抱き、『日本民族』の『生存』を護る為に直接行動を、対価を求めず継続的に実戦する個人、又は民族集団が出現すれば、『天誅業』確立の可能性がある。今回の『義勇軍』は、其の前触れかも知れない。


(「フセイン」イラク大統領身柄拘束)

十二月十四日、イラク「サダム・フセイン」大統領が、米軍に身柄を拘束された。数カ月前から、米国が練っていた「フセイン権威凋落作戦」の筋書通り、自決も戦死も選択しなかった大統領の哀れな映像が世界に晒された。其れは、一定の政治的効果を上げ、アラブ民衆にも戸惑いを齎せた。だが、一国の大統領をアウシュヴィッツの収容者の様に取扱った米国の無礼、欠礼、非礼さには、心ある全世界の人々が、憤り、或は呆れ果てた。イラクの捕虜になった米軍将兵の映像をイラク当局が放映した時に、国際法違反の野蛮な行為と非難した米国が、対戦相手の国家元首の無様な映像を創り、全世界に晒しものにする。正に人類文化に対する冒涜である。
其れは、『日露戦役』旅順開城に当たって『水師営』で降伏した『敵の将軍ステッセル』が差し出す軍刀を敢えて返した『乃木希典大将』の、武士道的、日本的美徳とは対極にある「現代欧米民主主義」の醜悪な実態を露にしている。乃木大将は、降伏調印後、記念写真を撮る際に、ステッセル将軍が軍刀を佩刀して居なければ末代迄も武門の恥と、敢闘した敵将の名誉に慮ん図って軍刀を返したのである。低級劣悪な米国大衆文化の次元でしか価値観を判断出来ないテキサスのカウボウイ「ブッシュ・ジュニア」や米国国民に、人類が育んだ高次の精神文化は理解不能なのかも知れない。だが、米国大統領府で、民主党クリントン政権から共和党ブッシュ政権に変わって、大きく変更された勤務態度が有ると言う。クリントン政権では、大統領クリントンが室内に入って来ても職員は座ったまま仕事を継続していた。然し、ブッシュ政権に変わってからは、ブッシュが室内に入ると其処にいる職員は全員起立して大統領に敬意を示す様になったと言う。大統領府では、此の新な習慣を「ブシドウ」と称しているそうである。米国人にも高次の文化に対する憧れはあるのである。低劣文化の米国民に中途半端な「ブシドウ」ではなく、本当の『武士道』を教えてやるのは『日本人』でなければならない。だが、「ラスト・サムライ」等と言う武士道賛美の映画がハリウッドで造られ、エセ「日本」国内では、逆に、「公共放送」を自称、僭称する「日放協」が、国籍不明の「新撰組」なるミーハー・チンドンヤ番組を創っている。エセ「日本」を『真正日本』に恢復させねば、世界は救われない。
閑話休題、イラクのフセイン大統領が拘束されたが、直後に米国国防長官ラムズフェルドが声明で発言した「ジュネーブ協定に基づく戦争捕虜として扱う」との文言は一夜にして覆され、同大統領の処遇は曖昧模糊の扱いとなった。
米国としては拘束時点で殺しておきたかったであろうが、最前線の将兵には拘束対象が誰かを知らせていなかった。其れゆえに、生かして拘束したフセイン大統領は、米国の悩の種になって居る。イラク反フセイン勢力に引渡せば、「人権派」に糾弾され、「国際法廷」に出せば過去の対フセイン米国援助の裏面が露呈される。事故死、病死では謀殺の疑念が生まれ、フセイン大統領を英雄にしてしまう。「取引しよう(グレてやる)」と居直ったフセイン大統領に、米国は当面事情聴取、情報収集で時間稼ぎするしかない。アラブは、したたかである。又、欧州各国も同様である。米国に非協力的であった仏独等の企業を「イラク復興事業」から締出す発言を行った米国に対して欧州各国は一斉に反発、特に独仏両国は激怒した。
英国ITN十三日報道に依れば、イラクは「金の成る木」と欧米で見られて居る。ここ十数年間に、三回の戦争、十年以上の経済制裁、八ケ月にわたる内戦で破壊され尽くしたイラクは、全世界から最も利益を生む市場と見られて居ると言うのである。
此等、現実と国際常識を前提にした全世界の確執の中で、エセ「日本」のコイズミは、米国の言う侭に、更には米国に媚びて「イラク復興支援の為に」等と空々しい「おさと言葉」で米国の男妾を演じて居る。十二月二十六日には、カタールのアルジャジーラTVを日本に呼んで、一時間近くも自衛隊イラク派遣の「言い訳」、弁明を行った。コイズミには『恥』と言う観念がないのか。日本の地方ケーブルTVに毛の生えた様なペルシア湾の電視局に世界第二位の経済大国である「日本」の一応は「首相」の肩書を持つ男が、アル・カイダ等の攻撃を免れようと「行くけどいじめないでね」と予防線を張ったつもりで居るのである。「いじめられっ子国家」の土下座対民間害交の愚、茲に極まれり。
今に始まった事では無いが、派遣される日本人ー敢えて自衛官とは言わない、自衛隊其れ自体が米国の為に創られた傭兵だからーが憐れである。危険だからでは無い。『大義』なき、米国の走狗に今以上に堕落するからである。同じ亡国の道を辿ったイラクでは、所謂「戦後日本」よりは、民族的自覚をより堅持している。失業率七 八割と言われるイラクで米軍が養成する「イラク軍」が成立、稼働しない現実は、如何に米国、米軍が支持されていないかと言う現実と同時に、イラク国民が国民的自負心を未だに喪失していない事実を物語って居る。


(毎月、毎日、何かが起こる)

『世界戦国時代』の今日此頃、まして『大西亜戦争』の渦中に在って、日々、非日常的な事件、紛争が勃発している。
ともすれば動乱の細事に眼を奪われ勝ちの連日ではあるが、人間社会の本質と基本認識を明確に持ち、目的意識を堅持して居れば、『知仁勇』の境地で、付託された使命の実践を楽しむ事が可能である。『知者は惑わず 仁者は憂えず 勇者は懼れず』
バグダッドで米兵が何人死のうと問題では無い。イラク国民が米国帝国主義と欧米的価値観に屈服せず、戦い続けて居る歴史的事実が重要なのである。彼等は『大西亜戦争』を戦い続け、吾等も又、皇紀二千六百元年より六十三年間に渡って光輝ある『大東亜戦争』を戦い続けている。此の戦争の本質は、「産業革命」以来、人類を滅亡に導く欧米物質文明と、人類の存続を自明の理と直感している亜細亜の精神文化との対極的闘争である。
「日本国民」の多くは『大東亜戦争』を過去のものとしているが、「一億健忘症」は許されない。アルメニア人は第一次大戦でのトルコ軍に因る大虐殺を忘れずに今でも爆弾事件を起こし、スペイン国民は三百年前のウェストファリア条約で英国に奪われたジブラルタルの返還を要求し続けている。
コイズミ以下愚昧な「日本人」大衆は、曾て『大東亜戦争』開戦の御詔勅で奉戴した『日本』の民族的使命を忘却し、『大和魂』を捨て、一向低劣な欧米物質文明の精神文化的奴隷に身を落とし、醜悪な汚水に浸りきり、安住しているかに見える。だが、彼等とて、心の何処かには、『日本人』としての清澄で高雅な精神文化が残存している。紅毛碧眼の色素不足人種に憧れて、みどりの黒髪を金茶に汚しているバカ男バカ女の群が恥かしげも無く公道や盛り場を闊歩しているが、一旦『日本精神』が世上に復活すれば、容易に民族の復興は可能である。『皇國再興』と『人類存続』の二大使命を自覚する吾等『真正日本人』に執って、毎日の活動は歓びの連続でなければならない。路傍の塵芥を拾う事も、『赤報隊』『建国義勇軍』の様に『天誅』活動を実践するのも、社会浄化に繋がる行動であり、一つ一つの活動が『大義』の実現に直結する。
動乱激動の時代だからこそ、吾等の活動はより大きく影響を与え得る。本年も国内外は激動したが、来皇紀二千六百六十四年は更に
大乱多発して世界は混沌として来るであろう。秋の米国大統領選挙では、民主党からヒラリーが突然現れて、米国初の女性大統領出現の可能性すら否定できない。
来年も又、何でも有りの一年、果して何処迄日本民族の復活が成し遂げられるか、同志、同憂諸卿のご奮闘を祈念して師走の弁を了る。