発行にあたって

今からちょうど二年さかのぼる平成11年10月、市議会本会議個人質問における私の質問・発言をきっかけに、豊中の学校教育の実体が一挙に明るみに出はじめた。平成11年11月11日付けの産経新聞朝刊を見て、眼を疑ったのは私だけではないはずです。豊中市教育委員会の記事が一面のトップを飾っている。今から思えば、過去、全国的にその名をとどろかせてきた「文教都市・豊中」のブランドが崩れはじめた瞬間です。

私が市会議員になろうと決心したのは、十年ほど前に豊中市PTA連合協議会の会長を二期つとめた中で学校教育のあり方に疑問をもち、豊中の教育はどこかおかしい、何とかしなければと感じたことがきっかけでした。

議員になってからも最初は正直言って、どこがおかしいのか、どこに原因があるのかさっぱりつかめなかった。しかし、いろいろ調査し勉強を進めるうち、おぼろげながら深層の部分がわかってきたのです。はっきりいって教育界は深い霧に包まれた摩訶不思議な世界であることが……。われわれ一般人が世間の常識に照らして判断しようとしてもとうてい理解することができない学校の世界……。

教育行政、学校のことに深く立ち入らないというこれまでの豊中市議会のタブーを私はあえて破りました。それをとりあげた産経新聞の記事が一挙にその厚い壁を崩してくれることとなった。これまで厚いベールに包まれて窺い知ることのできなかった豊中教育の実体を市民・全国の人達に赤裸々に伝えてくれたのである。

この冊子はこの二年間にわたる産経新聞記者の正義に燃えた取材活動の結晶ですが、これが総てではありません。まだまだこれから核心部分に触れていくことになるでしょう。でもこれまでの一連の記事を読んでいただけば、豊中教育の歪みの根底にあるものを容易に想像してもらえると思います。

しかしここで、市民の皆さんにぜひ理解しておいていただきたい。これらの報道は決して豊中の名をおとしめるためではないことを。これまでに溜まったウミを出しつくし、新しい豊中の教育をもう一度再生することが真の目的であることを。豊中教育の実像が今日の日本教育の歪みを実によく表しており、豊中市と同じ体質のところは全国いたるところに存在します。

この二年間の議会での追求や新聞報道によって豊中市の教育は大きく変革の道を歩み始めました。しかし、それに抵抗する勢力は自分たちの思想と権利を守ろうと必死になっています。

子供たちのために、将来のわが国の発展のために今どうすることが必要か、正しく判断し思いを声にして勇気をもって行動することが私たちに求められています。

そのために、私は一歩踏み出しました。この二年の間に私は戦う相手をはっきりと見極めることができました。将来の日本を託すことができる子供たちを正しく導き育てること。そのためには今の教育のありかたを根本的に改めること。そのために私は勇気をふるって挑んでいきます。

ともに誤った豊中の教育を変え、日本の教育を変えていきましょう。このままでは日本の国は自滅します。大人も子供も自信と誇りをもち、世界に通用する背筋の伸びた日本に創りかえるために。

    平成13年9月29日

                           豊中市議会議員 北 川 悟 司