| 同文、議長、市長に送付 豊中市教育長 浅利敬一郎様 平成16年 8月1日 教育オンブッド豊中 代表 朝生 万里子 豊中市上新田4-6-21-411 п@06-6835-1450 豊中市公教育での人権教育についての要望書 (佐世保市小6女児殺害事件をうけて) 貴職におかれましては豊中市公教育の充実・発展のために日々ご精励いただいておりますこと、豊中市民として心より敬意を表しますとともに感謝申し上げます。 さて、過日佐世保市で起きました小学校六年女児同士の殺害事件について、報道ではインターネットホームページ上の書き込みに一因があったとして大きく取り上げられておりますが、そのことのみに因を求めてよいものかどうか疑問に思っております。 インターネットの書き込みはきっかけであって、原因とは思えないからです。事件の現場となった小学校の校長先生が今後の教育方針を問われ、「命の大切さなど、子供たちに話してきたことは何だったのか。心の教育ではなく、心に響く教育をしなければならない。」と述べておられましたが、私達は、昨今の教育現場での道徳教育、人権教育の方針に問題の原因があると考えております。三条市の小六の傷害事件でも加害男児は被害男児への腹立ちを理由にあげています。いわく抽象的な「命の大切さ」発言、強制してはいけないからという理由でしていいことと悪いことを明確に教えない、教えようとしない。「我慢しなくていい」「がんばらなくていい」「君たちあなたたちには嫌なことは嫌という権利ある」「自分が大事」等々。豊中市の小・中学校にこどもを通わせた保護者として、ことあるごとに先生方から聞いてきた言葉の数々です。ここからは、子供たち本人がその成長過程において、自己の衝動を抑制したり、社会の一員として我慢することを学ぶといった姿が見えてきません。ことさらに横一列の関係しか教えずに、まずは自分の権利を主張することのみに重きをおく人権教育であったのではないでしょうか。 先日質問いただしました性教育の件においても、相手の人権を尊重するという基本姿勢が欠けているのではないかと思っております。世の中にはしていいことと悪いことがある。取り返しのつくこととつかないことがある(殺人などは取り返しのつかないことの最たるものです)。自分のことのみを主張していては社会の一員として不完全である。これらは本来、自明の理であったことではないのでしようか。 「権利を主張したくばまず社会の規律を守るという義務を果たさなくてはいけないこと、自由な行動には必ず責任が生じてくること」これこそがます基本として教えておくことではないでしようか。 このままでは今回と同様の事件が豊中市では起きないという保証はないと危惧しております。六月十日豊中市内の公園に首のないハトの死骸が見つかったりしていることなどからも、恐れを覚えています。 この事件をうけて、豊中市の公教育の場での人権教育を、自己の権利主張に重きをおくのではなく、まずは周囲の人達の人権を慮り、相手の人権を尊重し、社会規範を尊重することの指導・教育を徹底するものとしていただくことを要望いたします。 |