阿倍野高校問題終結報告書
                 遂に回天の秋(とき)は来る


                            大阪府立阿倍野高等学校教諭 南口 龍一

 私は大阪府立阿倍野高等学校の教員で南口といいます。私は、大阪府教育委員会が認可する教職員団体、大阪教育連盟の副執行委員長でもあります。
 私は阿倍野高校に奉職して今年で丸六年になります。この間、本校の職員会議において、主に左翼の組合員教師による卒業式・入学式における国旗・国歌への猛烈な反対意見表明と、また実際の式典当日においては、生徒とその保護者、来賓の方々数百名の眼前で、不起立・不斉唱・反対意見のビラ配布・反対表明文の書かれた看板の無許可設置・生徒へのオルグなど、数々の信用失墜行為を目の当たりにしてきました。 彼らはその他にも、人権教育の時間等を利用して、ジェンダーフリー思想や子供の権利条約、反戦平和教育と称して一方的な反日自虐史観の押しつけなどを画策せんとしてきました。私はその度ごとに、たった一人ではありますが、猛烈な非難や圧力を受けながらも、法令法規の遵守と公平中立な教育の実践を職員会議で訴え、時には月曜評論など公器の雑誌において本校の現状を発表するなどして参りました。
 しかしながら、本校の病根は一向に治まらず、遂に本年4月号の月曜評論において、私は「同僚教師を実名で告発する」と題して、今年の二月以降の職員会議と卒業式の実態を世間に実名で公表しました。
 私は実名公表するに際して、府教委の教務課(本年1月29日)にも、本校校長(本年2月5日)にも、その旨を伝えましたが、実名公表は「プライバシーの侵害」にあたる恐れがあり、その結果「校務運営上に支障を来す」危惧が生じるとのことで前者からは慎重さを求められ、後者からは職務命令(府教委教務課からの指導)で止めるように言われました。
 私は、両者に対し「気に入らない職員の悪口を言って、その人の住所や電話番号をすべき教育公務員が、職員会議という公の場において法令法規に背く発言を何度も繰り返し、あまつさえ職員会議を主宰する校長の要請を全く無視し、実際の式典で数百名の府民の眼前で信用失墜行為を犯したという厳然たる事実を、実名入りで世間に告発することは何らプライバシーの侵害などには当たらない。ましてやその結果、校務運営上に支障を来すなどというのは、管理職としての監督責任を全く考慮に入れていない暴言に等しい」と言いました。
 これに対する反応は、前者が沈黙であり、後者が同じ事(「プライバシーの侵害」と「校務運営上支障を来す」、従って「職務命令で差し止める」)の繰り返しあるのみでした。

 さて、本年5月6日、私は校長室に呼ばれ、学校長から口頭で「職務命令を無視したことに対して、厳重注意を申し渡す」と告げられました。同日の職員会議においても学校長は同様の報告を全教職員の前で行いました。校長のこの行為に対し、私は「不可解」を禁じ得ませんでした。そしてまた、同時に非常な「屈辱」でもありました。違法発言や信用失墜行為を世間に実名公表して何故「厳重注意」されねばならないのか。このようなことをすれば「厳重注意」を受けるぞという威圧を与え、実際に全教職員の前で屈辱感を与える管理職とは一体、何を考えているのか。これでは「義をみて為さざるは勇なき」人間ばかりになってしまうではないか。私の脳裏は、「不可解」と「屈辱」が彷徨するばかりでした。
 しかし、「天佑われにあり」です。月曜評論の私の手記は、産経新聞の記者の目に留まり、記事になりました。その後、読売新聞や朝日新聞にも載りました。これを切っ掛けにして、あちこちから私に対する良識ある府民の声が澎湃と沸き起こってきました。
 府民の声は、まず6月24日の職員会議で本校の職員会議規則改定を実現させました。私は、月曜評論4月号で本校の職員会議規則に残る左翼主義的価値観による汚染条項の改定をも主張していたのでした。「職員会議は校長が招集し、主宰する」「職員会議の議事の決裁は校長が行う」などの画期的な条文が入りました。ところがです。校長は、改定職員会議規則に私に対する当てつけ条項とでもいうべき条文を新たに付け加えていたのでした。則ち、会議の内容等を職員が一切外部に公表できないようにしたのでした。
 府民の声は、校長の小細工を舌鋒するどく切り込み、難なく論破しました。その結果、10月14日の職員会議において、本校の職員会議規則が再度改定されることになりました。今や阿倍野高校の職員会議規則は、大阪府下で最も模範的な規則となったと断言できます。
 そればかりではありません。10月14日の職員会議ではもう一つ画期的なことが起こりました。校長は、私に対する「厳重注意」の申し渡しを職員会議録から削除すると言明したのです。校長が本年5月6日、私を呼んで「厳重注意」を申し渡した根拠は、先程も述べたように「プライバシーの侵害」と「校務運営上支障を来す」の二点でした。ところが、あれから5ヶ月、「プライバシーの侵害」を証明する事例や「校務運営上支障を来」たした事例など、一件も生起していないのです。校長の職務命令の根拠は砂上の楼閣に過ぎませんでした。私が今日の職員会議でその事を指摘し、「厳重注意」の撤回を強く要求すると、校長はあっさりと「削除」宣言を行いました。
「削除」するとは、「厳重注意」が誤った判断であったことを認めるものであり、これは誰が聞いても「厳重注意」の「撤回」と同じ意味を持ちます。これは、単に一個人の名誉が回復された、という問題だけではなく、公立の小・中・高校に徘徊する諸々の魑魅魍魎を、たとえ平の一教諭であってもその気にさえなれば、実名公表という魑魅魍魎どもが最も嫌がる方法で退治できることを証明したと同じことであり、まさに大阪の公教育を正す画期的なものと云えます。
 その昔、伊豆に流されていた源頼朝は源氏再興と質実剛健たる武家政治の実現をかけて、諸国に檄を発し艱難辛苦の末、鎌倉に幕府を打ち立てました。
 今、東京に知事たる石原慎太郎は、日本再興と毅然たる日本外交の実現をかけて、東京を変えつつあります。特に、国旗・国歌に反対する教師には処分という厳しい措置対応によって教育の是正が急速に為されています。石原都知事は、「東京を変えることで日本を変える」と言っています。
 石原都知事は700年の時空を越えて再来した源頼朝であります。東国の源慎太郎の檄に、われら大阪の摂津源氏や河内源氏も応えなくてはなりません。則ち、東京の教育改革に大阪も続かなければならないと思うのです。私は、微力ではありますが現職の一教師として、そして何よりも憂国の志ある武士(もののふ)として今後も立ち向かって行きます。みなさんと一緒に大阪の教育を再生する力になりたいと思います。
 ご支援下さった府民の皆様には衷心より感謝の誠を述べさせていただきます。本当にありがとうございました。