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 米田健三先生論文


日本時事評論社  平成18年10月6日

       スパイ罪制定も安倍政権の重要課題


 安倍政権がスタートした。 安倍氏は自他ともに認めるわたしの盟友である。衆議院当選同期で、思想信条を同じくし、常に政治行動をともにしてきた。
 安倍氏は、総裁選のさなか、教育改革、首相官邸の危機管理及び情報収集体制の強化、集団的自衛権の容認等、政権構想の一端を明らかにしたが、いずれもよく語り合った課題である。
そしてそれらは、積年の敗戦後遺症を脱却するために何としても解決しなければならない課題でもある。
 さらに、安倍政権の重要課題に付け加えて欲しいのが、スパイ防止法の制定である。我が国は、外国と通じて国家の安全を害する者を厳罰に処すという、世界のどの国にもある法律がないからだ。


スパイが微罪の故に


 昭和六十年、スパイ防止法案が国会に提出された。自衛隊きつてのソ連通が国家機密を流出した事件が、立法へと駆り立てたのだ。 だが、マスコミ、世論の反論にあい、廃案になった。 日本国民の憤激の的になっている北朝鮮による日本人拉致致事件。これに関与した北朝鮮工作員(スパイ) に対する処罰一つを取ってみても、スパイ防止法が存在しないことの問題がクローズアップされてくる。
 平成十四年一月八日、二十六年前の久米裕さん拉致事件の容疑者として、北朝鮮工作員の大物が指名手配された。タイムラグの大きさもさることながら、さらに驚くべき事実がある。誘拐が決行された直後、拉致の実行に加わった工作員の在日朝鮮人が、石川県警に逮捕された。そして、彼の自宅からは乱数表や暗号表など、スパイグッズが押収された。
 ところが、本人はたかが 出入国管理法違反で送検されただけで、しかも起訴猶 了となった。拉致事件以外でも、戦後摘発された北朝鮮工作員の事件は、ほとんどが微罪に終わっている。
スパイ罪や外国の工作員を取り締まる法律がないために、出入国管理法違反や旅券法違反程度の罪にしか問えないからだ。
 大阪の中華料理店店員、原ただあきさんが北朝鮮に拉致された事件でも、彼の雇い主だった在日朝鮮人の店主が、工作員に対し、「うちの原は身寄りが少ない人間だから」と投致の対象にす
るよう薦めていたとされるが、現行法では立件が難しいという理由で、本人に司直の手は及ばなかった。
  かくして、拉致事件に関わったり、重要な機密情報を盗んだ工作員たちが、自由の身でのうのうと暮らしているのである。


昭和六十年に好機逸失

 拉致事件や、中国、北朝鮮、韓国による対日攻勢の高まりのなかで、わずかではあるが、ようやく国民の間にスパイ防止法制定への関心が芽生えてきた。この間、スパイ防止法がないため、どれだけ国益を損なってきたことか。昭和六十年六月六日、「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」が、議員立法として国会に提出されながら廃案となったことは、かえすがえすも残念である。
「この法律は、外国のために国家秘密を探知し、又 は収集し、これを外国に通報する等のスパイ行為等を 防止することにより、我が国の安全に資することを目的とする」(第一条)ものであり、防衛及び外交機密を保護の対象とし、最高刑を「死刑又は無期懲役」とした。 どの国でも、スパイ罪はその国の最高刑を科しており、アメリカや中国等においても死刑である。諸外国のスパイ防止法と比較しても、昭和六十年の法案は突飛な内容ではない。
 ところが、この法案は世論の袋叩きにあうこととなった。新聞各紙は例によって、「報道、取材の自由が侵される」「人権抑圧」「国民の知る権利が侵される」「危険」などの大合唱を繰り広げたのである。国会では、野党が猛反対したのに加えて、自民党内にも法案を批判する声が起こった。そしてついに廃案となったのである。


せめて諸外国並みに


 時は流れて、平成十二年の、H三等海佐による在日ロシア大使館付武官に対する秘密漏洩事件の発生を受け、防衛庁は、防衛秘密制度の新設及びその漏洩の罰則強化等の法的措置を講じた。
〈防衛秘密=自衛隊法九十六条の二、同百二十二条〉
●秘密の範囲l防衛秘密
●対象者l防衛秘密を取り扱う者(防衛庁職員、防衛関連職務に従事する他省職員、契約業者等)
●罰則−漏洩罪(五年以下の懲役)。共謀、教唆、煽動(三年以下の懲役)
 以上がその内容だが、対象者が限定され、刑罰も諸外国に比べれば軽く、スバイ防止法に代わるものとは言えない。
 なお、在日米軍関係の機密については、米国基準に配慮せざるを得ないため、 防衛秘密保護法より厳しくなっている。即ち、「日米安保条約第六条に基づく刑事特別法」と「日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法」は、対象者を限定せず、一般国民も含むものとし、罰則も十年以下の懲役となっている。 いずれにせよ、諸外国並みの包括的なスパイ防止法制が整っていない現実に変わりはない。今日、改めてスパイ防止法を制定するとすれば、同じ法律に含めるかどうかは別にして、昭和六十年の視点に加え、軍事転用が可能な民間先端技術や、宇宙開発関連技術保護
の視点も重視すべきだ。
 これまで、当局の摘発を受け、明るみに出ただけでも、先端技術の不正流出が北朝鮮のミサイル、核開発を助けてきたことは明らかなのである。