四方が海の日本。自然と国防に関しては忘れがちになってしまいます。また、「強盗殺人」とか「飲酒運転で死亡事故」のように日常的に目に見えた大きな被害もありませんのでついつい後回しにされてきたスパイ問題。皆様ご存知のように日本はスパイ天国。
弊会のHPをご覧いただければおわかりいただけると思いますが、戦後、じつに主なもので100件近いスパイ事件がおきています。そしてその最たるものは言うまでも無く横田めぐみさんたちの拉致事件です。スパイ活動によって作戦の基礎資料を作り、それを基に実行にうつったわけです。元内閣安全保障室長佐々淳行氏の著書を読ませていただくと、「大阪の西成で、妙な電波が発信され、発信者の尾行までしたが、それ以上は法律がないのでどうしようも出来なかった。」と書いてありました。
信じられない話ですが、日本にはスパイ防止に関する法律が無いのです。他国では死刑さえあるのにわが国の現行法では、軽犯罪法でしか処罰できないのです。無銭飲食と同じような扱いでしかありません。このスパイ問題は糖尿病のようなもので、日一日と重大な危機に近づいていることは間違いないのですが・・・・。
仮に今、拉致問題が完全に解決されたとしましょう。しかしその原因を根絶する法律が無いわけですからまた拉致は起こりえるわけです。このようなことがあっていいのでしょうか。
いまから20年ほど前、自民党を中心に活発にこの問題が議論され、全国の1734の議会で賛成の議決がなされました。そして、昭和六十年六月六日、「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」という名称で、議員立法として国会に法案が提出されましたが、反対勢力が強烈で法律制定までには至りませんでした。
私たちは、何としてもいまこそ「(仮称)スパイ防止法」を制定しなければと思い、平成18年より「戦後一新の会」を組織し、法律制定のための請願署名運動を始めました。18年春、北川イッセイ、西村真悟両議員に紹介議員をお願いし、皆様からお預かりした署名、7000人分を国会に持参し請願いたしました。また19年春には大塚高司議員に。しかしそのドアは重く微動だにしませんでした。
そこで、「戦後一新の会」は会長のご高齢もあり一旦解散し、有志が「戦後一新の会」の反省を踏まえ、会の名称をそのものズバリの
「スパイ防止法の制定を求める会」と改め、19年4月、再出発いたしました。
私たちはこのような、危機管理の出来ない中途半端な国を子供たちに遺スわけにはまいりません。今一度褌の紐を締めなおし、スパイ防止法の制定に向け、不退転で闘うことを誓いあいました。
当面の活動は署名集め。そしてもうひとつは応援団(賛同者)を募り氏名を公開していこう、声の大きい運動を展開したいと考えております。
誇りある国を創るため、伝統、文化を護るため、ご協力をお願いいたします。
「スパイ防止法の制定を求める会」
事務局 増木重夫
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