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 伏してぞ止まん ボク、宮本警部です  550W
  
2007年2月 東武東上線ときわ台駅の線路内に入った女性を助けるために殉職された宮本警部。地域の人から「宮本さん」
と名前で呼ばれるほど親しまれていました。
職務に命をささげたお巡りさんの誠と勇気の物語です。

お父様お母様方へ ( あとがきにかえて )
                   寺子屋モデル 山口秀範

 子供たちに良い偉人伝を読ませたいという話題になると「昔の人は本当に
立派でしたね。今やヒーローなんて死語になりましたから」と多くの方が
おっしゃいます。とんでもない、新しい英雄偉人は現代も続々と誕生しているのです。 問題はむしろ、素晴らしい行為・感動を与える生き方に私たちが気づいているのか、「現代の偉人」を讃えて次代に伝える意思を持っているかに懸っています。
 二月六日以降の宮本邦彦警部の新聞報道を追いながら、宮本さんこそ「現代の偉人」に値すると直感しました。そして、多くの方々にお話を伺ううちに、宮本さんの人柄が明らかになり、私の確信は益々深まりました。
 と同時に、宮本さんが大切にした一つ一つが、歴史上の先人たちの思いに繋がっていると感じられ嬉しくなりました。例えば、宮本家の団らんの様子からは、江戸時代の歌人・橘曙覧の次の歌を思い出します。

たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時
(食事時に一家揃って、妻子と仲良く頭を並べるようにして食べる時ほど楽
しいことはないなあ )

 キヤンピングカーで各地を旅するという、実に長閑でほほえましい宮本さんの夢は果たせませんでした。この思いに通う、幕末の志士・平野國臣の歌を読んでみましょう。

君が代の、安けかりせばかねてより身は花守となりけむものを
(今の世が平和で安泰ならば、<国事に奔走などせずに>花守となって樹木を
手入れし自然に親しみ、長閑な暮らしを楽しんだだろうに )

 熱情ほとばしる平野園臣と違って表面的には穏やかな宮本さんですが、いざとなったら職務のために生命を捧げました。そうした古今の「ますらお」たちが、勇気・使命感とともに、一方ではやさしい心根や、ささやかな願い( 花守・キャンピングカー) を持ち続けたことにほっと心が和みます。
 一方、宮本さんのお父様の口癖「伏してぞ止まん」は、次に掲げる『古事記」の久米歌から連想されたものに相違ないでしょう。

みつみつし久米の子らが垣下に植ゑし山椒ロ疼く吾は忘れじ撃ちて
し止まむ
( 自分たち、久ル米部の若者が屯営の垣根に植えた山椒の実を噛めば、口がひりひりとして戦意も高まる。さあ強敵を撃ち滅ぼさずにはおくものか。「みつみつし」は久米の枕詞 )

 これは古代の戦いの歌ですが、宮本さんはお父様から伝えられた言葉を心に秘めつつ、子供の頃は怠け心や臆病さと葛藤し、警察官となってからは世の不正義や自己中心の風潮と戦い続けた人のように思われてなりません。そんな宮本さんの生涯をたどる時、三井甲之の次の絶唱が思い出されて来ます。

ますらをの悲しきいのちつみかさねつみかさねまもる大和島根を
(遠い古から、次々に尊い生命が捧げられ、その積み重ねによってわが国日本は今も守られている )

こうして名歌をたどると、「現代の偉人」宮本さんが、時代を超えて「日本人の心」を受け継いでいることをしみじみ感じます。親子揃って宮本さんの生き方にふれていただければ幸いです。

『嵐の中の灯台』 ( 戦前の国語・修身教科書のリメーク、明成社刊 ) を監修した小柳陽太郎先生は、人間への不信をあおる現代の風潮に警鐘を鳴らし、「『不可思議な行為』 ( 私たちの常識では想像できないような英雄的行為 ) が現実にあり得ること、それがどんなにすぐれた精神によって成し遂げられたかを、私たちは謙虚に認め、その偉大な精神の前に頭を垂れなければいけない」
 と、偉人伝に接する姿勢の大切さを説いておられます。
 誰も真似できない宮本さんの「不可思議な行為」をどう受け止め、それを子供たちにどう伝えるか、私たちも謙虚でありたいと思います。そして私たちの伝え方次第では、「現代の偉人」に学んだ日本の少年少女が、挙って「未来の偉人」たらんと志すという、生気溢れる教育再生も夢ではないのです。
 取材にご協力下さったご遺族の方々、伊藤哲朗前総監はじめ警視庁の関係各位に衷心より御礼申し上げます。また挿絵を担当頂いた竹中俊裕氏と、出版を快諾下さった高木書房の斎藤信二社長に感謝申します。
 謹んで本書を、宮本邦彦警部の御霊に捧げます。
平成十九年十二月一日