私は祭壇に掲げたいと想い、画仙紙半切に「士魂烈々師魂不滅」と大書した。
大槻、中川は士であり、魂は殉国にあった。
これは教師の魂でもあった。
教育勅語「義勇公に奉じ」である。公の結晶体が国家である。祖国日本なのである。
奉公を忘却、否定して、私を絶対視する進歩的学者知識人、マスコミ等の指導推進した戦後思潮が、日本の秩序を破壊し続けて止まない。
この思潮に躍る教員の狂気集団、腰抜け行政、無自覚無気力教職関係者によって、教育の崩壊は止まるところがない。日本の教育の最高責任者たる文部大臣が、祖国の歴史を歪める教科書を容認し、その歴史観で生徒は育っている。小学校から大学にまで授業崩壊状態が拡大して行く。
根本はすべて奉公の観念の欠如による。奉公は「公衆道徳」の次元での理解に止まるものではない。愛国であり、殉国の認識である。殉国の吐のない者が「心の教育」を唱えるのは空念仏に過ぎない。愛国、殉国なきところに教育の蘇生はない。
公に尽くして身命を捧げるもののふのこころこそ、人間存在の極美である。この士魂を讃仰せず、否定する国に、道義の一切はあり得ず、独立はない。
「一人の生命は地球より重い」と迷文句を吐いてテロリストに金を渡して逃がした日本の首相の措置を認め、テロリスト撃滅に突入させたペルー大統領を、こそこそ批判する戦後派知識人とマスコミ、。海を渡ってきたテロに罪もない少女など十人も位致され、自国民を救出できない、救出できずにテロに食糧を贈る、こんな国はもはや、まともな独立国ではない。義勇奉公を捨てた国のなれの果てである。
俺と一緒に死のうと突入した大槻少尉、中川少尉、義勇奉公、殉国の死生観に直進した特攻の精神である。それは真似できない、できないのならばせめて拝脆せよ、讃仰せよ。
敗戦により腑抜けになった者が、占領したアメリカの復讐に洗脳され、うつけ者になり、靖国神社を国家護持しない、公式参拝しない、外国に出向いて、我国の英霊を斃した相手の碑を、公式に参拝している。
地方自治体からの僅かな金額の幣帛料さえ、その是非を裁き、違法と断じて憚らぬ。
ああ、こんな国になろうとは夢にも思わなかった大槻秀治中尉、中川芳夫中尉。祖国遥かなイラワジ河畔になんのために散華したのであろう。
全戦域二百四十万の英霊は浮かばれぬ、英霊の浮かばれぬ国に明日はない。
慰霊訪緬の準備を進める一方では友に捧げる慰霊の言葉に窮した。このような祖国の、崩壊した撒育の姿をどうし伝えることがきょう。
祖国日本を思い、命捧げてイラワジ河畔で散華していった大槻秀治兄よ、中川芳夫兄よ、そして多くの将兵の英霊、みんなここに眠る。
殉国の英霊を把る靖国神社を国家護持せず、中国政府のご機嫌を憚って、首相も参拝せず、僅かな公的のお供えの金さえ違法だと裁く。その事に無関心になってゆく同胞、そんな祖国になってゆくとは考えようもなく、愛する同胞の生きる祖国を想ってここに散華した友よ、英霊よ。
なんの欲もなく、あなた方のことを想ってくれているイラワジ河畔のミャンマーの人々、真っ赤な太陽の沈むこの地は浄土ではなかろうか。
酒々の水ながれながれ雲は行きゆきてはてなしイラワジ河よ
大槻秀治は何故死なねばならなかったのか。
答の出しょうもない問いを胸の中に繰り返してきた。
散る桜、残る桜も散る桜。出撃する特攻隊員の死生観であったが、前線に立った我々も同様の諦観であり、覚悟であった。そうであったからこそ、散らないで生還した者が、運、不運の一言で済ませてよい筈はない。
「死んだ者の生を追体験して生さることが歴史であり、死者を愛することが私の不死である。歴史が存する限り、歴史の中で語られる過去の生は死んでいない」(ミシュレ)
奉公こそ、戦時、平和時を貫く道義の根本であるとする所信が不動なのである。
二十二歳の彼がジャワから遥かな祖国の姉上に送った葉書に
「個人の感情は大義に殉じてこそ存在する」と、透徹した所信を披瀝していることを確認すると、姉弟の共感は歳月を超えて鮮明であり不変である。
今日の日本社会の思想はこれを受け止めることができるであろうか。戦後民主主義のなれの果ての諸悪の根源は、この所信を拒否するところにあると思う。 |
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